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2008年02月 アーカイブ


2月1日

千葉正明川口市市会議員の通夜に参列いたしました。焼香の際には、お元気でご活躍だった故人の姿が目に浮かび、本当に悲しくなりました。47歳の若さで亡くなられた故人とご家族のお気持ちを思うと、言葉を失います。故人の志を受け継いで、より良い社会作りに尽力していきたいと思います。千葉議員の病気は急性白血病ということでした。悪性度が高く現行治療がほとんど効かないタイプもあり、若い世代に対しても短期間で致死的となり得ます。今後の医学研究を推進し、新しい治療法を開発していきたいと思います。

その後、川越で中野清衆議院議員のパーティーに出席し、ご挨拶しました。旧年中から大変にお世話になっている川越・富士見地区の皆様との楽しい懇談の機会になりました。

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2月2日

与野で開かれたさいたま市中央区の自民党女性部の会である「みのり会」にお招きいただき、ご挨拶しました。

その後、関東甲信越医師会連合医療政策部懇話会で、江利川毅厚生労働事務次官とともに、講師を務めました。講演内容は、「診療関連死に関する死因究明制度」です。医療事故に遭っても密室の中での出来事であるため、患者さん側からその原因追求をすることが難しく、医療不信の大きな原因になっていました。一方で、医療現場に対する過剰な警察の介入によって、特に地方の医療機関で、手術や分娩などの危険性の高い医療行為を行う医師が足りなくなるという事態が生じています。診療行為に関係して患者さんが死亡した場合に、中立的な専門機関が調査を行うこととし、医療行為の透明性を高めるとともに、刑事司法の介入を最小限度としようという趣旨の新制度の創設が、今国会で目指されています。この問題に関しては、学会代表として1999年当時から専門的議論をリードしてきましたが、医療界、患者団体、司法界、警察関係者等で大きく意見が異なり、一時は、制度化は難しいのではないかと思ったこともありました。9年を経て、ようやく具体的法案の段階まで辿りつきました。

ただ、この最終段階になって、制度設計について、一部の医療関係者から反対意見が出されています。主として医療事故に関して医療従事者が刑事被疑の対象となる可能性が残ることに反対する意見ですが、現在の制度案では、刑事制裁の対象を故意や重大な過失がある事例その他の悪質な事例のみに限定しており、医療への信頼の観点からも、医療従事者の専門家としての責任の観点からも、妥当なものと考えています。制度を早期に創設し、具体的運用経験を積む中で評価と検討を重ねることが必要です。本日も、現在の制度案の内容を丁寧に説明したところ、出席者の殆どが法案の成立に賛同していました。

夜は、埼玉県接骨師会朝霞支部の新年会にうかがい、ご挨拶しました。

2月3日

地元岩槻の久伊豆神社の節分祭にうかがい、雪の降りしきる中、豆撒きをしました。冷え込みが痩せた身には辛い1日で、例年は楽しい行事も、本年は厳しい修行に感じられました。

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その後、三郷で鈴木義弘県議会議員の早稲田地区での報告会、次いで富岡勝則朝霞市長の報告会にうかがいました。

2月4日

超党派の議員による健康食品問題研究会の第1回会合がありました。健康食品産業は年間売上高2億円規模の産業となり、益々、増大の傾向があります。地域の農家や中小企業の皆様からも、農商工連携による地域活性化の目玉として、地域の特産物を活用した健康食品を広く販売したいとの多数の希望があります。現在、健康食品に関する広告は、薬事法と健康増進法の「保健機能食品」の制度によって規制されていますが、現実には消費者への情報提供が適切に行われているとはいえない状況にあります。真面目に取り組んでいる事業者からは、もっと健康面での効用を広告できるようにして欲しいとの意見が強く、一方で、多くの業者が規制に抵触しかねないグレーゾーンの広告を行っています。また、サプリメントの効用について多くの新たな医学的知見が出てきていますが、違法な成分を含む健康食品による健康被害の事例も出てきています。

ただ、このような状況の中、健康食品の効用を活かし、適切な規制を行うため、自民党の石崎岳衆議院議員の呼びかけで、議員立法による新法の制定を視座に、研究会が発足しました。私は、消化器の専門医として、弁護士として、医と法の両面から、長年、専門的にこの問題に関わってきました。担当官僚よりも多くの知識と経験のある問題も少なくありません。そのため、本研究会の事務局長に指名され、実質的に、会務を運営していく立場になりました。非常に重要な問題であり、早期の立法を目指し、頑張っていきたいと思います。

2月5日

浦和で行われた自民党埼玉県連合会の女性部の新春集会に出席し、平素の政治活動に対する大きなご支援に感謝の言葉を述べてきました。皆様、私の右膝の骨折のことを覚えていて、全快を喜んで下さいました。

夜は、大宮で、相川宗一さいたま市長の後援会全体の大会合がありました。浦和東口の開発、鉄道博物館の開館と大盛況、盆栽村、人形会館と、確かに今のさいたま市には活力があります。その現れか、会場から溢れ出す程の後援者が集まりました。
その後、岩槻の商店街連合会20周年の記念会合にうかがい、ご挨拶しました。

2月7日

朝の部会に出席した後、浦和で埼玉県遺族連合会の会合にうかがいました。
その後東京へ戻り会議に出席した後、慶應義塾同窓の国会議員懇談会に出席しました。小泉純一郎元首相、民主党の小沢一郎党首をはじめとして、現在、衆参83人の慶應義塾卒業の国会議員がいます。一同に会すると、普段の党派の壁は無くなり、同窓として楽しく懇談しました。こういう非公式な交流こそ、捻れ国会の運営には重要なのかもしれません。

夜は、さいたま市中央区の吉田弘県議会議長の後援会の会合にうかがい、ご挨拶しました。皆、議長の重責を担って頑張っている吉田県議に大きなエールを送り、今後の更なる活躍に期待していました。

2月8日

慶應義塾大学ビジネススクールの医療政策グループを中心とした民官学の自由な研究会であるHCP研究会が開催され、辻哲夫前厚生労働事務次官の「医療制度改革の目指すもの」と題する講演を聴きました。

2006年度の医療制度の大改革については、賛否両論があります。確かに、今後の少子高齢化社会における国民皆保険制度の持続可能性と、全国的に一定水準を担保した医療提供体制の確保は、従来の医療にとどまっているだけでは達成できなかったと思われます。ただ、厚生労働省の施策には、医療現場の実情の理解が不十分なまま実施されるものがあり、その結果、予想外の混乱を来たしてしまうことが少なくありません。世界的に見ても、医療政策は各国の悩みの種であり、試行錯誤が続いています。今回の医療制度改革に関しても、その理念はともかく、細やかなフォローアップを行い、不合理な点があると判明すれば、直ぐに修正していくべきだと思います。その後の懇談会の場でも、熱心な討議が続き、私も沢山の意見を言いました。

2月9日

浦和で宮崎栄治郎県議会議員の女性部の講演会にうかがい、ご挨拶しました。健康と介護に関する講演でしたが、私も健康を維持するための食生活に関して一言お話したところ、皆様、大いに関心をもって聴いて下さいました。

夜は大雪になりました。岩槻で金子善次郎衆議院議員の報告会、次いで自民党桶川支部の総会にうかがいました。

2月10日

青葉健仁さいたま市議会議長の市政報告会にうかがいました。青葉議長は、誠実で優しい方で、私も兄貴同然に温かくご指導いただいてきましたが、一方で、大きな統率力に恵まれた方です。地元岩槻の議員の間の信頼も厚く、「何かあったら青葉さんに相談しよう」と話してきました。まだ40代の若さであり、皆、今後益々の活躍を期待していました。

夜は、多田重美八潮市長の後援会の会合、その後、小川町での山口泰明衆議院議員の国政報告会に出席しました。

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2月11日

所沢の荻野泰男市議会議員の報告会にうかがいました。荻野議員は、昨春の選挙で初挑戦し、第2位の見事な得票で初当選を果しました。まだ、政治経験が薄いところが新鮮に感じられる方で、その意味で、私と大いに気が合います。まだ30代の若さであり、後援会の皆様は、今後の大きな活躍に期待していました。荻野議員は、昨年、入籍されたとのことで、そのご披露もあり、会場はお祝いの気分で盛り上がっていました。

2月12日

党の国際競争力調査会・金融に関するワーキング・チームで、政府系ファンドに関する参考人質疑と討論が行われました。原油価格の高騰により巨額の収入を得た中東産油国政府や貿易黒字の拡大により外貨準備高が大きく増加した中国政府などが、国家資産を運用するためにファンドを設立しています。その運用規模の大きさから金融市場に多大な影響を与えていますが、透明性が低く実態が把握されていない点が問題視されています。

一方で、日本には、度重なる為替介入により、巨額の外貨準備高が積まれていますが、十分な運用となっていません。政府系ファンドを設立して積極的運用を行えば、相当額の運用益が見込まれるところから、財政難を乗り切る一策として関心を集めています。ファンドの運用にはリスクを伴いますから、当然ながら確固たるルール化の上に行う必要があります。今後は、政府系ファンドに関する情報公開やルールの在り方について、国際的にも国内的にも議論を深めていきたいと思います。

午後は、「医療現場の危機打開と再建をめざす議員連盟」の発会集会が行われました。尾辻秀久自民党参議院議員会長を会長とする超党派の議員連盟で、各党より、医療・厚生労働関係議員が加わっています。土屋了介国立がんセンター中央病院長と高久史麿日本医学会会長の講演があり、勤務医の厳しい現状について話がありました。勤務医の労働環境の改善は、私が政治家になった最も大きな理由の一つです。お二人とも、旧くから存じ上げている先生方ですが、講演後にお話した際、私の活動に対し期待と激励の言葉をいただきました。

2月13日

ICT(情報通信技術)分野の国際競争力増強について、コアメンバーになる衆参議員と内閣府・総務省・経済産業省・外務省の官僚による勉強会が行われました。インターネットでは出遅れた感のあった日本ですが、その後ブロードバンドの普及率では世界一となりました。一方で、携帯電話では、世界市場は他国企業による寡占状況で、日本企業は蚊帳の外です。日本の携帯電話は、機能の多様性や先進性では圧倒的ですが、世界のニーズの現状は、むしろシンプルで価格の安い方に向いています。家電製品でも、日本企業は先進機能や省エネ技術ではトップにあるものの、価格競争の段階に入ると直ぐにシェアを失うようになってきています。安価な労働力を背景とするアジア新興諸国の製品には太刀打ちし難い状況なのです。かつては、日本も労働賃金が安かった時代は、欧米の技術導入・改良と大量生産によって高度成長を遂げました。現在は、このモデルに苦しめられる立場になりました。製品自体ではなく、知的財産権を利用しての、高付加価値な情報通信技術を産業の基盤に据えていく必要があります。未だ日本では産業政策の戦略性が十分ではありません。今後、生物科学領域での国際特許法務等での経験を活かし、頑張っていきたいと思います。

2月15日

年金改革議員連盟が開催されました。社会保険庁は未だ統合の見通しが立っていない1950万件について一応の推計内容を提出していますが、その推計の方法に疑義があるため、私が改めて検討することになりました。今までの経歴上、私は数字には敏感ですが、問題究明の局面では、それが大きな強みになります。

夜は、さいたま市見沼区の清水隼人県議の報告会に出席しました。

2月16日

上尾の島田正一県議の報告会に出席しました。明日任期を終了される新井弘治市長、島村穰新市長も臨席し、新井市長への感謝のためと島村市長の誕生祝いを兼ねたような会となり、大いに盛り上がりました。新市長の下、20万都市上尾の今後の発展を祈っております。

2月17日

支援者でもある地元の友人の結婚披露宴に出席しました。夜は、三郷の鈴木義弘県議会議員の彦成地区報告会に出席しました。

2月18日

ハーバード大学やコロンビア大学で臨床研修中の若手日本人医師たちの新規の情報交換誌「臨床+α」の取材を受けました。彼等の多くは、日本での臨床研修終了後、米国での永続的な臨床活動を志し、日本を離れた医師たちです。医学の面でも大変優秀な医師たちですが、社会的な問題意識も高く、「臨床+α」のタイトルは、医師の活動は臨床だけに留めてはいけないという理念を表しています。米国を志したのも、情報誌を刊行するのも、そういった問題意識の中でのようです。私の込み入った経歴を見て最初の取材対象に選んだようですが、何と言っても、一先ずは専門の臨床をしっかり習得することが、医療人としての基盤です。脆弱な基盤の上に+αは載せられないことを話しました。

夜は、塩崎恭久衆議院議員・元官房長官のパーティーに出席しました。昨年の選挙の際は、3回も埼玉県に来て、応援をして下さり、その後の党務の中でも、多くの指導をいただいています。

2月19日

温室効果ガスの排出権取引制度に関する勉強会が開催されました。この問題には既に深く関わってきましたし、今後も議論をリードしていきたいと思います。EUでは制度がスタートしており、米国でも試験的に開始され、さらに積極的導入案が議論されています。日本も世界に後れることなく体制を整える必要があります。発展途上国との国際競争に晒されている産業界からは未だに反対意見が強いですが、地球温暖化は既に待った無しの状況まで進んできています。インドや中国を含め主要排出国の全てが参加する排出限度枠組みを構築する努力が必要なのはもちろんですが、京都議定書の発信国として、日本が環境問題のリーダーとして役割を果していくことこそ、長期的には日本の国際的地位向上と日本企業の発展に資することになります。今後も問題を直視して頑張っていきたいと思います。

その後、修復腎移植に関する議員連盟の集会が開催されました。宇和島で腎臓病にかかった患者さんから摘出されていた腎臓が、透析治療中の他の患者さんの腎臓移植による治療に用いられていた問題が主題です。外科医療と法に関する専門経験のある私は副会長に指名されました。この問題については、腎移植を受けたからこそ助かったという数十名の患者さんが渦中の医師や医療機関に対する処分に強く反対しています。一方で、専門家の調査では、腎臓を提供することになった腎臓病の患者さんに対して十分な治療や説明が行われていたかどうか、移植を急ぐあまり不必要な腎摘出が行われたのではないかとの疑義が持たれています。マスコミも含めて議論が錯綜しているところですが、中立的立場で検討を進めたいと思います。

2月20日

少数の専門家により長期的な視点から基本政策の方向性を話し合う党本部の「安心できる社会保障プロジェクト」のワーキング・チームの会合がありました。私も従前からメンバーに選任され、率直な意見を言ってきましたが、今回は、日本における医薬品や医療機器の承認の遅れの問題が採り上げられました。大学の研究者として、また、大学発バイオベンチャーの企業者として、政府の委員会等で、日本における医薬品・医療機器の研究・開発制度の不備を長年指摘しました。昨年度の選挙の際の公約にも、「医薬品・医療機器の研究・開発制度の不備を合理化して、もっと早く、もっと安く、患者さんが医療技術の進歩を利用できるようにする」という課題を掲げました。先の経済産業委員会でも、この問題を指摘しました。その努力も実って、4月から「高度医療評価制度」という新しい枠組みが創設されることになり、この課題は6ヶ月の議員活動で果すことが出来ました。この度、ワーキング・チームの中で、医薬品・医療機器分野の運営を任されたため、日本の医療の質を上げるためにも、健康関連産業を強化するためにも、一層頑張っていきたいと思います。

夜は越谷・草加の今井宏衆議院議員のパーティーに出席し、県民の皆様と楽しく懇談致しました。

2月21日

朝の研究開発力強化政策の部会では、講師として慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授を招聘しました。岡野教授は私の学生時代からの大変親しい先輩で、米国留学後、若くして筑波大学、次いで大阪大学の教授を歴任し、母校に戻ってきた方です。京都大学の山中教授と並ぶ世界の再生医療の第一人者です。日本の研究機関の国際競争力上の問題や、国公立と私立の研究機関の連携の問題などを実体験の上にお話いただきました。生物科学領域に精通した知的財産権の専門家を育成することの必要性を強く指摘していました。

午後は、私が事務局長を務める超党派の健康食品問題研究会の会合がありました。日本の抗加齢医学のリーダーである坪田一男慶應義塾大学医学部眼科教授に、「食と抗加齢医学」というタイトルでお話をお願いしました。坪田教授も、私が学生時代から大変お世話になってきた方です。New England Journal of MedicineやLancetといった世界最高の医学学術誌に立続けに論文を発表される一方で、テレビや一般市民への講演でも科学的知見を非常に分かり易く解説をされる、天才的な才能に恵まれた方です。出席した議員も全員、大変に面白くて勉強になる講演だったと感心していました。

メタボリック症候群は加齢と不可分な関係にあり、健康食品の目指すのも抗加齢効果と言い換えられます。それは単に健康食品の摂取だけで目指すべきものではなく、食生活全体の改善を進めることが大切です。坪田教授は、食生活に関して一般的に信じられている幾つかの事実が、最新の科学的知見に基づくと間違っていることを指摘しました。

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2月22日

特許庁の肥塚長官と知的財産法の最新の世界的潮流について、学術的観点から意見交換する機会がありました。

第1点は、特許の国際的共同審査体制構築の問題です。特許は各国ごとの法律によって規制されていますが、グローバル化の中、世界各国に同様に特許出願する場合が多くなりました。申請件数も増加の一途を続けており、各国が共同して審査を進める体制を整えることが合理的です。そのためのインフラ整備について、検討が進んでいるところです。
第2点が、人道的観点からの特許の制限の問題です。エイズの医薬品については、特許によって高い価格が守られるため、エイズに苦しんでいるアフリカ諸国の人々が薬を使うことが出来ません。人道的観点からは、その限りで特許を認めず、安価に薬を供給すべきだという議論が進んでいます。
第3点は、特許訴訟の頻発による制度の変質の問題です。本来、特許は、発明者を守るとともに、情報を公開して利用を促進し、更なる技術開発と産業振興による社会的利益の双方を両立させるための制度です。

ところが、近年は、派生的な特許が多くなり、それらについて、多数の侵害訴訟が提起されるようになったため、その紛争処理費用が、企業の研究開発投資よりも、早い勢いで増加しているようです。そうなると、特許制度が技術開発の障碍になってしまいます。今後は、派生的特許には特許性を認めず、真に偉大な特許だけに認めていくような方針が採られるべきだと思います。

特許法等の知的財産法を十分理解している国会議員は僅かです。これらの課題を、長期的視点に立って政策に活かしていきたいと思います。

2月23日

長年、民生委員として地域の社会福祉の発展に尽くされた川口市の立石幸子さん(立石康広前川口市議会議長のお母様)の叙勲の祝賀会がありました。立石さんは、いつも明るく、皆を元気にする方ですが、私も日頃から大変温かくご指導いただいております。叙勲を心からお祝い申し上げました。

その後、所沢へ移動し、並木正芳・柴山昌彦両衆議院議員と藤本正人県議会議員の3名合同主催のパーティーに出席しました。大変な暴風と砂嵐の中でしたが、森善朗元総理大臣の講演があり、1500人近くの市民が集まりました。森元総理の今後の政局についての長年の経験に基づいた示唆に富んだ話に、皆、魅了されていました。

その後、自民党埼玉県連小川支部の総会、次いで入間支部の総会へ出席して挨拶し、その後、坂戸の医療関係者の集会で講演を行いました。忙しい一日でした。

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2月24日

三郷において、逢沢義朗県議会議員・副議長の彦成地区の報告会、その後、鈴木義弘県議会議員の東和西地区の報告会がありました。今後1年半の間には、衆議院選挙が行われます。三郷を含む第14区は、三林隆志衆議院議員が選出されています。両県議の後援会の皆様と三林議員を支援していこうと誓い合いました。

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2月25日

行政監視委員会で地球温暖化問題に関する参考人質疑を行いました。(開会日:2008年2月25日 (月)会議名:行政監視委員会
京都大学公共政策大学院の諸富徹准教授が排出権取引制度について解説をしました。議員からの質疑の多くは未だ一般的・抽象的なものですが、欧米諸国が制度の導入に取り組む中、日本においても現実の制度設計を検討する段階に来ていると思います。私は、排出権制度の設計や環境税とのポリシーミックスについて、国際制度比較と経済効率性の理論的側面から専門的な質問をしました。委員会終了後、諸富准教授から、私の質問から重要な示唆を得たと褒めていただきました。

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夜は、地元岩槻での中森ふくよ衆議院議員の報告会に出席し、ご挨拶しました。政策通である中川昭一衆議院議員の道路特定財源問題等に関する講演があり、後援者の皆さんは、熱心に聴いていました。

2月26日

朝の部会で、再生医療について世界初のiPS細胞作成に成功した京都大学の山中伸弥教授から講演がありました。世界的競争の中で、米国がiPS細胞の研究について非常に多額の投資をしている現状について報告があり、研究基盤整備と特許戦略についての国の支援が求められました。iPS細胞は現在の難治性疾患への画期的な治療法として多大な可能性を持つものですが、現実の臨床応用までには幾つかの課題があります。私は専門的立場から、ベクターウイルスの安全性、iPS細胞の低い収率、添付する生理活性物質、iPS細胞の作成に用いる皮膚細胞の遺伝子の加齢的変化等の問題について、技術的方法論にまで踏み込んだ質問をしました。山中教授は「専門的な質問が来るとは思わなかったので、心の準備が出来ていなかった」と言いながら、課題解決へ向けて考えている方向性について意見を述べました。部会終了後に話した際には、技術的問題は今後の特許戦略にも大きく関係する重要な点であり、今後も情報交換を続けていこうということになりました。

2月27日

私が以前から委員として参加してきた次世代医療機器評価指標策定事業のワーキング・グループの会合にオブザーバーとして参加しました。委員全員の長年の懸案であった「高度医療評価制度」が創設されることになり、皆から、従来の制度の不合理性を国会の場で追及してきた私に対して「よく頑張った」と声をかけてもらいました。今後は、専門家の側が制度の内実を充実させていく役目を果す番です。現実的でありながら倫理性を確保した評価指標の取り纏めに向かい鋭意努力を続けることになりました。

2月29日

年金改革議員連盟の会合にて、現在において統合の手掛かりが得られていない1950万件余りの年金記録について、私の調査の中間報告を行いました。社会保険庁の推計が統計学上は杜撰であり、意味が無いことを明らかにしました。今後は限られた方策を駆使していくことになりますが、最後まで不明となった記録の国民一般への公示方法を含め、検討を行いました。

衆議院は夜半までの長い一日でした。予算案は通過し、参議院での論戦が始まることになりました。

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