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2008年08月 アーカイブ


8月2日

「サタデーずばっと!」に出演しました。昨日行なわれた内閣改造について、各党からの出演者の間で討論しました。内閣が変わっても、内外の困難で厳しい情勢に変化は無いし、財政健全化と改革の推進という基本的な施策の方向性は一貫しています。サミットが終了し、いよいよ総選挙を睨んでの正念場となりますが、行政の無駄を徹底的に減らし、生活者の視点に立った経済対策のための財源を創り出すとともに、真に生活の質に役立つ施策作りに頑張っていきます。

8月3日

自民党岩槻支部の役員会が開催され、地下鉄延伸問題が話題になりました。地元では、現在浦和三園駅で終わっている埼玉高速鉄道線(地下鉄7号線)の岩槻への延伸が、皆の長い間の切実な願いです。「岩槻に地下鉄が通る」という話は、私がまだ幼稚園児だった今から40年以上前からありました。ここ数年、着工の具体化へ向けて議論が沸いてきましたが、未だに決定をみていません。「見果てぬ夢」に終わってしまうのではないかという住民の危機感が募っています。問題は、多大な財源をどうやって確保するかです。政府の調査では、十分な経済効果が見込まれていますが、埼玉高速鉄道線の厳しい経営状況をみると、民間からの大きな投資は期待できないのが現実です。さいたま市と埼玉県がどう意思決定するのかが鍵になっています。延伸を願う近隣の市町の皆様とともに、悲願達成の日まで頑張っていきます。

8月4日

明治大学で開催された医療事故調査委員会制度に関するシンポジウムで、講演を行い討論に参加しました。他の討論者は、厚生労働省の担当室長、医学会代表、法律家、患者団体代表などでした。この制度については、民主党も案を用意しているようですが、その詳細は不明です。本日も主催者が民主党へも討論者を依頼したようですが、誰も来ませんでした。医療事故に関する中立的で公正な第三者的専門調査機関の創設は、医療側・患者側双方の願いです。1日も早い立法化へ向けて、引き続き全力で取り組んでいきます。

8月6日

広島の原爆記念日にあたり、岩槻の朝起き会でご挨拶し、その後日本遺族会全国戦没遺族代表者会議へ出席しました。

8月7日、8日

一般向け雑誌社から高齢者医療制度について、CSテレビ局から健康食品の規制について、専門誌から医療ネットワークセキュリティーについて、それぞれ取材を受けました。これらは全く異なる議論ですが、それぞれが医療と健康に関する重要な問題で、医療問題全般に対するメディアの意識の高さが分かります。何れも私が研究者として取り組んできたテーマであり、問題点の詳細の説明とともに、1人の医師として考える在るべき施策の方向性も話しました。今後とも、患者さんと共に悩み、考えてきた経験を政策形成に活かしていきたいと思います。
8日には、自民党三芳支部の皆さんが研修会で国会を訪問され、ご挨拶しました。また、戸田で開催された戸田中央医科グループと東町の皆様の納涼盆踊り大会にお招きいただき、ご挨拶しました。

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8月10日

岩槻で第2回埼玉県混合ビーチボール大会が開催され、会長としてご挨拶しました。その後、自民党加須支部の総会に招かれ、皆様と懇談しました。

8月11日

北京オリンピック水泳の100メートル平泳ぎで、北島康介選手が見事に2大会連続の金メダルを世界新記録で獲得しました。偶然、街中を歩いている時に電気製品量販店の店頭のテレビモニターで生の放映を見る幸運に恵まれ、居合わせた人達と大拍手しました。また、14日には200メートルでも大差をつけて勝ち、両種目での2大会連続の金メダルという大記録を打ちたてました。晴れ舞台で最高の実力を冷静なレース展開の上に発揮する北島選手は、正に超人的です。持ち合わせた稀有の才能の上に、想像を超える努力を積み重ねられてきた結果でしょう。感激そのものでした。

8月15日

63回目の終戦記念日を迎えました。終戦以来、日本は平和の内に復興を果たしましたが、現在でも世界各地で戦乱は続いています。法学部の通信教育過程で学んでいる頃、近代政治史の中で前世紀の2回の世界大戦に関する様々な分析を学ぶ機会がありました。戦争に至る背景としては、単なる政治的・民族的な確執以上に、経済面での争いが大きな要因になる場合が多かったようです。現代における中東の事情を考える上でも、石油利権をめぐる争いや、住民の貧困の問題が重要です。ただ、近年、急速な勢いで経済がグローバル化し、巨額の資金が投機的利益のみを目的に世界市場を行き交うようになると、単なる一国家の利権を目的とするだけでは国民生活の利益を確保することは難しく、世界協調の経済対策、経済援助こそ重要になってきます。究極的には、国際連合が発展して世界連邦が形成されていくのかもしれません。その時になれば、局地的な紛争は連邦内の法規則によって判断され、武力紛争は最小限に抑えられるでしょう。現在では、それを国際協調の外交努力によって達成していく必要があり、日本もその一員として十分な役割を果たさなければなりません。

8月17日、18日

17日には、ご支援いただいている岩槻の企業の皆様の落成式にお招きいただき、ご挨拶しました。18日には、岩槻ライオンズクラブの家族例会に出席し、会員の皆様と懇談しました。

8月19日

清和政策研究会の研修会で箱根へ出掛けました。講演は、山中伸哉京都大学教授で、iPS細胞についてでした。同じ学年の山中教授とは、既に様々な場を通じて懇意にしており、非常に専門的な意見交換も何度もしてきました。iPS細胞の可能性は素晴らしいものですが、その分だけ、極めて激しい国際的な研究開発競争が続きます。日本においても、出来る限りの国家的支援体制を整備するため、今後も最大限の努力を尽くしていきます。

8月20日

福島県の大野病院事件の第一審判決が出され、被告人となった担当産科医は無罪となりました。医療の透明性を確保し、説明責任を高めることはもちろんですが、この事件については、そもそも起訴されたこと自体が大きな間違いでした。この事件が、地方医療機関における相次ぐ産科医療の取り止めにつながり、大きな問題になりました。医療には必ず不確実性が伴い、教科書通りの経過をたどるとは限りません。弱者である患者さんの立場を擁護する観点から、近年、民事訴訟においては、医療側に非常に厳しい判断がなされるようになりましたが、それは民事事件だからこそ妥当な考え方です。患者さんのために全力で頑張って、それでも結果が悪かったからといって刑事被告人にされるのでは、誰も危険性の高い医療措置をやろうとは思わなくなります。それによって、救命可能な多くの患者さんが治療の機会を失ってしまうことになるでしょう。妥当な結論の判決が出て、ホッとしました。検察の控訴を止めさせるために頑張りたいと思います。

8月21日

北本で開催された滝瀬副次県議・自民党埼玉県連幹事長の県政報告会に出席しました。夕食の時間帯で、激しい夕立の最中だったにもかかわらず、多数の後援者の皆様が会場を埋めました。要職を歴任する地元の皆様の滝瀬県議への期待の高さが伝わってきました。

8月22日

埼玉新聞社の西部地区友の会に、各党の国会議員とともに出席し、県でご活躍の皆様と懇談しました。民主党の山根隆治議員、行田邦子議員とは、昨年選挙で競った同士ですが、県のための課題については仲間であり、日頃から親しくしています。

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8月23日

久喜の市議会で6期24年という長期間活躍された木村茂二元市議の叙勲祝賀会に出席しました。その後、さいたま新都心で開かれた荒川岩雄県議の後援会の役員の皆様方の納涼会に駆け付け、ご挨拶しました。

雨が降り出す中、夕方から祭りに沸く岩槻に戻りました。元浅間第三自治会の皆様のお祭りでご挨拶し、その後、槻の森公園で行なわれた花火大会で、地元の皆様と懇談しました。

8月24日

大宮で開かれた埼玉医科大学の血液内科の皆様方の講演会で、医療政策の方向性について講演しました。その後、越谷で江原千恵子市議の後援会の皆様のボーリング大会でご挨拶し、直ぐに岩槻へ戻り、岩槻祭りのオープニング・セレモニーに出席しました。

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その後、祭りの中を歩き、企画に参加している地元の団体や企業の皆様と楽しい時間を過ごしました。商工会の青年部の皆様が上げていた熱気球に乗せてもらい、スリリングな空中遊泳を経験しました。

8月25日

日本内視鏡外科学会の技術認定委員会に出席しました。内視鏡下手術は、小さな傷で手術ができ、早期の社会復帰が可能な患者さんに優しい手術です。現在では、内視鏡下手術は、多数の良性疾患から一部の早期がんまで、大変多くの疾患に対して行なわれるようになりましたが、従来の開腹・開胸手術に比べて技術的に難しく、手技の習熟まで修練を要します。そのため、過去には大きな医療事故も発生しました。日本内視鏡外科学会では、こうした背景をふまえ、責任学会としていち早く技術認定制度を開始し、内視鏡下手術を行なう外科医に体系的なトレーニングを求め、技術審査に合格した医師名を公開しています。医療安全が強く求められる中、このような制度は本来外科手術全体に拡げられるべきものです。私は制度発足時からの技術認定委員会の特別委員として活動していますが、委員会では、評価者による技術評価のバラつき等の問題を徹底的に議論し、公正な技術認定に努めています。

8月26日

当選以来、約1年間、大手術の執刀は控えてきましたが、患者さんから指名を受けたため、久々に5時間の腹部のがんの大手術を行いました。一緒にチームを組んだ医局の後輩たちが大きく成長したお陰もあり、手術を開始してみると、直ぐに以前の感覚に戻り、滞りなく手術が成功しました。皆から、「以前と変わらない」と褒めてもらいました。現役の国会議員が外科手術を担当するのは、歴史的にも稀有なことかもしれませんが、常に現場に立ち、専門分野の真実を政策に反映させていきたいと強く思います。

手術終了後、無投票で東秩父村の新村長に当選した若林全候補の当選祝賀会に駆けつけました。磯田博安現村長が自ら選対長を務められ、若林候補も磯田村長の片腕として市政に尽力されてきた経緯からも、無投票当選はこれまでの市政が正に村全体の信任を得てきた証でしょう。いよいよ厳しくなる村の状況ですが、若林新村長とともに村民の皆様の未来のために頑張っていきたいと思います。

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8月27日

朝は岩槻の太田諏訪神社の例祭に招かれ、ご挨拶しました。夕方から東京で、第1回の埼玉県人会が開催され、出席しました。埼玉県民・埼玉県出身者には、各界で活躍されている多くの方々がいます。今回は、その初めての会合ということもあり、会場は溢れる人で賑わいました。その後、岩槻へ戻り、さいたま市の4医師会の納涼会に出席しました。

8月28日

大雨の中、岩槻人形協同組合の総会に招かれ、ご挨拶しました。伝統工芸品認定,人形会館の建設決定と、嬉しい話題が続く岩槻人形ですが、グローバル化と価値観の大きな変化の中、伝統産業を守っていく努力は並大抵のものではありません。量販店時代における流通の難しさや後進の育成など、直面する多くの問題がありますが、協会の皆さんと力を合わせ、何とか乗り切っていきたいと思います。

8月30日

越谷の江原千恵子市議の後援会の皆様方にお招きいただき、ご挨拶しました。その後、川越で開かれた渋谷実県議の県政報告会に出席し、会場を埋める多くの皆様と懇談しました。

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8月31日

飯能で開かれた石井道子元参議院議員・元国務大臣の叙勲祝賀会に出席しました。埼玉県出身の医療者の参議院議員として、石井先生は、大きな目標です。75歳になられましたが、今後もお元気でお過ごしされ、後進をご指導いただきたいと思います。

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