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7月9日

厚生労働委員会において、臓器移植法改正に関する審議が行われました。本日は、A案の修正案も新たに提出されました。もともと、このA案の修正案を思い付いたのは、私でした。

私は、移植医療にも関与した臨床外科医として、死に瀕した一人でも多くの患者を救いたいという願いから、何としても移植医療を推進したいと考えてきました。日本の法律のみが特別に厳しい要件を課している結果、高額を負担して海外に行かなければ移植を受けらない現実は、余りに不合理です。私が立候補を決意した最大の理由の一つが臓器移植法の改正であり、議員となってからは、いわゆるA案の成立のために尽力してきました。

ところが、A案が衆議院で可決された日の新聞各紙は、「脳死は一律に人の死」であるという国民のコンセンサスは得られていないとして、批判的論調を強めていました。また、A案に反対する各種宗教団体などからの参議院議員への圧力も強まり、その結果、A案への賛成をためらうようになった議員が少なからずいました。このままでは、参議院でA案が否決されて、改正案が廃案になってしまうのではないかと危惧したため、何とか、この状況を打開したいと思い、修正案を思い立ったのです。

A案は「脳死は一律に人の死」との考え方を前提にしていますが、その妥当性に関する根拠は、平成9年の脳死臨調の報告における「脳死は人の死であることは概ね社会的に容認されている」との見解です。しかし、この報告の基礎となった世論調査では、回答した国民に臓器移植を前提とすることが意識されていると考えるべきではないでしょうか。脳死下臓器移植を認めた現行の臓器移植法は平成9年10月に施行されましたが、最初の脳死下移植が行われたのは平成11年2月であり、1年4ヶ月も要しました。それくらい、脳死の問題は国民に特別に意識されていたのです。脳死の問題が発生するのは、社会一般の認識では臓器移植の場合に限られるので、「脳死」といえば「臓器移植」と切り離せない問題として国民に意識されていると考えた方が自然でしょう。すなわち、本当には、「『臓器移植を前提とする場合には、脳死は人の死』であることは概ね社会的に容認されている」というべきなのではないでしょうか。そこで、「臓器移植を前提とする場合には、脳死は人の死」との考え方を前提とするのがA案の修正案なのです。また、そもそも臓器移植法は、臓器移植に関する事項の法律上の取扱いを定めることを目的とする法律なのですから、そこでの対象事項の範囲は、臓器移植を前提とする事項に限られることになります。A案が、臓器移植法改正案である以上、「脳死は一律に人の死」との前提をとったところで、おのずから「臓器移植を前提とする場合」にしか適用され得ません。そうであれば、「臓器移植を前提とする場合には、脳死は人の死」としたところで、何の変りもないはずなのです。

最終的には、私は深く悩みました。これまで全力でA案成立のために頑張ってきた思いもあります。その結果、臨床医としての経験から、臓器移植以外の場合、例えば、救急医療における終末期医療などでも、尊厳をもった人の一生を考えた場合、脳死は死であると認めるべきだと考えていることから、自分の信念に素直に、やはりA案に賛成することにしました。
ただ、修正案の支持者は、私が提案者に加わらなくても、是非、提出したいということから、本日の修正案の提出に至ったのです。

本日は、A案、A案の修正案、E案の提案者に対する質疑が行われ、臓器移植法改正案の厚生労働委員会の審議は終了しました。

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2009年07月09日 19:30に投稿されたエントリーのページです。

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