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12月22日

自民党の憲法改正推進本部・起草委員会の会議に出席し、国民の権利及び義務等について、憲法改正試案の議論を行いました。

 本年は、何といっても、東日本大震災の年でした。今でも、震災から間もない時期の被災地の状況が目に焼き付いています。
クリスマスに、中学・高校・大学を通じての同級生で、親友中の親友である友人から、以下のようなメールをいただきした。現在、彼は水戸市で内科クリニックを開業しています。普段は患者さんのことに一生懸命ですが、旧友が集まれば、いつも仲間を明るくしてくれる気のいい友人です。このメールには、私の対するリップ・サービスも多分に入っていますが、読んでいると身体中が熱くなり、改めて被災地と日本の復興のために全力を尽くすべく、志を新たにしました。

「今年は我が家にとっては受難の年でした。3.11では、水戸は震度6強とこの世の終わりかと思う様な激震でしたが、クリニックも自宅もなんとか無事でした。しかしながら、妻の実家の相馬の海沿いの町が津波で全滅し、母、兄夫婦、姪と甥の5名の命を亡くしました。幸いにも(本当に不幸中の幸いとはこういうことを言うのだと思いました)遺体は順次発見され、3月中には5名とも荼毘に付すことができました。未だに発見されない方もいらっしゃるのですから、見つけて下さった自衛隊や警察の方々には本当に感謝しております。
水戸から相馬には何度も通いました。本来は海沿い常磐道をまっすぐで行けるのですが、あの原発事故の関係で、磐越道で郡山まで出て東北道を使って福島まで北上し福島市内から山越えで浜通りに入る、という超遠回りルートを何往復もしました。ああ、面倒だ・・・とは思うのですが、原発の収束がままならず、故郷に帰れない大熊や浪江の人たちのことを想うとこれくらいは・・・・と我慢ですよね。今回の震災では、家族が共に暮らしていける幸せをしみじみと感じました。
あたりまえの様に火力や原子力の力を享受していたこれまでの世の中から、新しいエネルギー源に移行していかなければならない日本にとって国の舵取りはとても重要となるでしょう。
先の参議院の代表質問でもそうでしたが、(観ていた者の多くが感じたことと思いますが)古川君と菅総理や海江田大臣との間では科学というものに対する考え方が大人と子供ほど違います。また、科学に限らず論理的思考のスキルという点においてもその差は歴然です。これからの日本の政治を主導する人には、論理的にものを考えられ、科学に対しても相応の対応が可能な人(決して科学的に専門家いう事ではなく)が求められるのではないでしょうか?
 おそらくもうこのままの民主党で政治をリードしていくことは無理でしょう。でも民主党内にもまた各党にも上記のような資質を持った方がおられるでしょう。これから起こるべく政界再編では、細かい政策に対する意見の右左ではなく、共に論理的議論を討わせるなかから良き道を模索していけるような方々がグループを作り、政治を主導していけるようになっていただければ心強いように思います。古川君にはそのような動きの核となってご活躍頂けたらと思います。意味不明でおそろしい力が蠢く政界のなかでは、これまではそのようなactionは難しかったかもしれませんが、これからの時代の流れの中では、全く別の風が吹くでしょう。時代の風にのって、政界の中を駆け抜けて下さい。
政治素人が勝手な意見を言いましたが、大衆は今、このような希望を持って自らの期待を寄せる政治家の方々を観ているんだと思います。人々は今、日本を希望ある方向に向けて行ってくれる政治形態の誕生を待ち望んでいるんです。大変でしょうけれど、頑張ってね。」

新年も頑張ってまいります。

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2011年12月22日 09:50に投稿されたエントリーのページです。

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