午前中、理事をつとめている沖縄及び北方問題に関する特別委員会に出席しました。
午後には、財政金融委員会で質問に立ちました。〔外部リンク:参議院インターネット審議中継 ビデオライブラリにて、映像をご覧いただけます。〕
党の基本方針で、今回の質問では、政府の震災対策を促す助言的な質問とすることになりました。
①まず、昨日内閣府より今回の震災による経済的影響について政府の試算が発表されたことに関連して質問をしました。内閣府によれば、震災によるストックの毀損額は、16兆~25兆円と試算されていますが、これには計画停電や原発事故の影響は含まれておりません。与謝野大臣は、予算委員会で、「日本経済の実力は相当なもので、日本経済が沈没するようなことにはならない」と行っていますが、民間研究者の各種データから私が試算してみると、計画停電の影響により23年度はGDP比1.5〜3%の大きなマイナス成長となります。与謝野大臣の楽観的な認識は市場関係者を安心させるためのメッセージであったとすれば理解出来ますが、本当に震災の影響を過少評価しているとすれば問題です。政府は計画停電による企業活動の停滞を防ぐため、最大限の努力をしなければなりません。末松内閣府副大臣は、私が指摘した計画停電や原発事故の影響についてはかなり留意すると述べました。
②次に、野田財務大臣に震災対策の補正予算の規模をどのくらいと考えているかを問いました。野田大臣は、規模をいうにはまだ時期尚早であって、まずは予備費で緊急の対応をし、被害の現況を踏まえて補正予算のかさを決めていきたいと繰り返し答弁しています。しかし、昨日発表の内閣府の試算で16兆~25兆円という被害規模が分かりました。阪神・淡路大震災の場合、被害規模は約10兆円と試算され、その復旧対策費として国から5兆円が支出されました(その結果、震災後3年で被害規模を上回る約13兆円の投資が行われたと報告されています。)。この例に従えば、今回の場合、普及対策は8兆円~12.5兆円程度となりそうです。しかし、阪神・淡路地域と今回の主な被災地となった東北三県とは、地域事情が全く異なります。阪神・淡路地域はもともとの企業投資が活発な地域で、データを良く検討してみると、投資された約13兆円のうち、約8兆円は、平時の企業投資と同レベルで、震災復旧のため特に投資されたと考えられるのは、支出された国費とほぼ同額の約5兆円なのです。東北三県の場合、平時の企業投資は3年間で0.6兆円にすぎません。すなわち、今回の被害16兆円〜25兆円の復旧のためには、そのほとんどを国が支出しなければならないのです。野田大臣に対し、非常に大きな規模な補正予算が必要となることの識を促しました。
③そして、続けて野田財務大臣に、我が国の厳しい財政状況の下で、その復旧対策費を捻出するために、子ども手当て、高速道路無料化、高速道路料金の時間帯割引、法人税の引き下げなどのマニフェスト事項の見直しやその優先順位についてどのように考えているかを問いました。野田大臣は、政策の優先順位をしっかりと決めて必要な組換えは行っていくのが基本的な姿勢になる旨の答弁をしました。家族を失い、家や財産を全て失い、そして、現在はもちろん、今後も相当の期間にわたって避難所生活を強いられる多くの住民の皆様がいるのです。優先順位など、自ずと明らかなはずです。さらに、仮に、仮設住宅の建設やライフラインの整備などで一応の生活を復旧できたとしても、東北三県の主要産業である漁業、農業、観光業は、その基盤が大きく破壊されており、住民の皆様の生活再建のためには、さらに多大な復興対策費が必要です。もはや、一銭のバラ撒きも許されないはずです。
④次に、白川方明日銀総裁に対し、地震後、日銀が行っている大量の資金供給について質問しました。既に札割れが起こっており、資金需要は飽和していると考えら、また、リビア情勢の混乱による石油の価格上昇や福島第一発電所の事故を受けての火力発電のための石油ニーズの上昇から、物価上昇も懸念さらます。このような中で、いつまで大量の資金供給を続けるのか問いました。白川総裁は、金融機関の資金ニーズに応えるため、札割れが生じることを覚悟の上で、資金供給を行っている、現在の見通しではインフレが生じるということではないが、指摘された点には十分留意したいと答弁しました。私からは、市場関係者に対し、震災後の復興のための勇気を与えるような金融政策を期待する旨を伝えると、白川総裁は、大きく頷いていました。
⑤最後に、野田財務大臣に3月18日の国際協調介入と、それ以降、再び円高基調となっている現在の為替状況についての認識を問いました。日本の財政状況が厳しく、さらに巨大地震と津波により甚大な経済的損失を受けたことを考えれば、円が売られ円安に傾くのが理論的です。ところが震災後、急速な円高が進み、史上初の1ドル76.25円を記録しました。明らかに投機的な動きが関係しています。これでは、日本の輸出産業は到底やっていけません。協調介入により、80円台に復帰しましたが、今後も再び円高となるとの予測もあります。野田大臣に再度の介入について注意を促したところ、引き続きマーケットを注視していくと述べました。
活動報告
3月22日、23日
党の巨大地震と津波の緊急災害対策に関する多くの会議が開かれ、阪神・淡路大震災当時の災害対策の検討や、各議員の地元からの支援物資の具体的運搬方法などについて、話し合いました。また、福島第一原子力発電所の事故に関する世界の不安が高まる中で、政府の情報公開の在り方や国際機関との連携などには、多くの疑問点があります。政府と各野党との間では、1日に1回、実務代表者による協議会が開催されていていますが、そこで諸問題に対する政府の対応について申し入れと助言を行っています。
3月11日~21日
14時46分頃、三陸沖を震源として、観測史上最大のマグニチュード9.0という巨大地震が発生しました。宮城県北部では震度7、東北地方や関東地方では各地で震度6強や6弱の大きな揺れを観測しました。東京23区でも震度5強の揺れで、私にとっても生涯経験した中で最も強い揺れでした。
参議院では予算委員会の質疑中でしたが、地震の発生以来、政治休戦となり、与野党を超えて協力し、被災者の救援活動と、福島第一原子力発電所の事故への対応に当たってきました。私は、自民党の震災対策本部事務局の医療支援班のリーダーとして、朝から夜中まで、被災病院への医薬品・食糧・燃料の提供、被災者の救急救命活動への支援、政府との協議や申し入れなどに全力を尽くしました。
ただ、政府や国会以上に、一般の医療従事者の皆様による支援活動が大きく、地方自治体、国立病院機構、医師会の救援チームの他、全国の大学医学部や各種の医療支援団体からも、次々にボランティアの医療団が被災地に入り、被災者の診療を行いました。また、全国の皆様から、多大な義援金・救援物資の提供があり、被災民を支え、勇気づけました。国難に際しての日本国民の結束力は素晴らしく、海外メディアからも驚異的と評され、最大限の賞賛を受けました。
今回の巨大地震では、その後に襲った空前の大津波とともに、極めて大きな被害がもたらされましたが、何とかこの危機を乗り越え、被災地域を再興出来るよう、今後も全力で頑張っていきます。
3月10日
財政金融委員会が開かれました。財政政策や金融行政の基本施策について、それぞれ野田財務大臣、自見金融担当大臣から所信を聴きました。
夜には、理事をつとめている沖縄及び北方問題に関する特別委員会の議員懇談会、及び、適切な医療を実現する医師国会議員連盟の懇談会に出席し、沖縄・北方問題への対処や医療環境の改善について、党派を超えて結束して当たることを確認し合いました。
3月9日
自民党三郷支部の総会に出席し、挨拶をしました。
3月8日
自民党シャドウキャビネットの打合せで、構想日本代表の加藤秀樹さんと意見交換をしました。
その後、日本学術会議・立法学分科会の会合に出席しました。
3月7日
東京大学公共政策大学院が主催する公開シンポジウム「テクノロジーアセスメント(TA)はどのように政策や社会に貢献できるか」のパネルディスカッションに参加しました。テクノロジーアセスメント(TA)は、従来の研究開発・イノベーションシステムや法制度に準拠することが困難な先進技術に対し、その技術発展の早い段階で将来の様々な社会的影響を予期し、社会的対応案を提示することで、技術や社会のあり方についての問題提起や意思決定を支援する制度や活動を指します。このテクノロジーアセスメント(TA)について、東京大学と京都大学の科学研究者や政策研究者、EUの科学技術規制の担当者たちと科学技術規制に関する政策論議への支援のあり方についてディスカッションを行いました。民主党からは、津村啓介衆議院議員と藤末健三参議院議員、公明党からは、遠藤乙彦衆議院議員が参加しました。
夜は、蓮田市選出の石井平夫県議会議員の会合に出席しました。
3月6日
3月5日
全面改築した秩父病院(理事長は花輪峰夫先生、現秩父郡市医師会長)の開院披露会に出席しました。秩父病院は、明治20年の創設以来、120年余りにわたって秩父市の宮側町で地域医療を担ってきた病院ですが、このたび、さらに充実した、質の高い医療を提供するため、病院が新築移転されることとなりました。花輪先生のご挨拶は、地域医療への強い使命感に満ちたもので、大変感銘を受けました。
その後、秩父市から杉戸町に急行し、自民党杉戸支部の定期総会に出席しました。
夕方には、前岩槻医師会会長・現埼玉県医師会常任理事で、私の後援会の会長も務めていただいている金沢和俊先生の叙勲祝賀会に出席しました。永年にわたり、岩槻、そして埼玉の地域医療を支えてきた金沢先生に心からのお祝いの挨拶をしました。
3月4日
青山ダイヤモンドホールで開かれた「第48回宣伝会議賞」の受賞作品発表・贈賞式に出席しました。株式会社宣伝会議は、「宣伝会議」、「編集会議」、「広報会議」、「人間会議」、「環境会議」などの各種の定期刊誌の出版や、教育・研修事業などを行う大変ユニークな会社です。同社のグループでは、ITや健康食品なども手掛けています。もともと、現副社長の田中里沙さんと、TBSのテレビ番組「ブロード・キャスター」で一緒にコメンテーターを務めていた関係で、社長の東英弥さんとも知り合い、長い間の親交があります。宣伝会議賞は、日本最大の公募広告賞で、広告界・コピーライターの登竜門といわれています。32万4424通という過去最大の応募の中から、グランプリ等各賞が選ばれました。