地元であるさいたま市岩槻舞踊連盟の第5回発表会、続いて、さいたま市地下鉄7号線調査・検討市民協議会の通常総会に参加し、挨拶しました。
活動報告
9月12日
新しい医療技術の研究・開発に関する講演・討論会である第9回の北里・ハーバードシンポジウムが開催され、日本の臨床研究体制に関する問題点について講演をしました。
その後、母校慶應義塾大学医学部の外科学教室の同窓会である埼玉県刀林会の本年度の総会に参加しました。
9月11日
地元の岩槻区選出の小島信昭県議会議員の後援会は、毎年、旅行を企画しており、今年は明治座での観劇が行われました。私は昼食の間にお邪魔して、後援会員の皆様にご挨拶をしました。
その後、日本弁護士連合会創立60周年記念式典に参加しました。
9月10日
平成21年度新司法試験の合格発表がありました。
(結果については、法務省のホームページをご覧下さい。)
私は、現役で法科大学院の教員を務める唯一人の国会議員であり、司法改革で始まった法科大学院を中心とする新しい法曹養成のあり方について、従来から、国会関係等の様々な会やメディアにおいて、積極的に発言してまいりました。
今回の結果からも、法科大学院間の合格者数、合格率の差は大きく、法科大学院制度は、学校数、入学者数の問題などを、至急見直すべきであると思います。
9月8日
自民党本部において両院議員総会が行われました。自民党の再生を図り、政権奪取の先頭に立つ新たなリーダーを選出する総裁選挙を、9月18日告示、28日投開票の日程で行うことが報告、了承されました。
9月4日
理事を務めているNPO法人デジタルフォレンジック研究会が主催する講演会で、医療分野のデジタルフォレンジックをテーマに講演を行いました。フォレンジックとは、ある対象物に対して、高度な技術を用いて、証拠性を維持しつつ、法的問題を解決する手段をいい、そのうちデジタル・データに関するものをデジタル・フォレンジックと呼びます。デジタル情報の利用は社会生活において不可欠となっていますが、その複製や改変は極めて容易であり、様々な危険性をはらんでいます。そのため、現在、先進諸国で、デジタル・フォレンジック技術が研究されており、私も日本において、当初から、その研究に従事してきました。講演会では、ケーススタディを活用した活発な議論が交わされました。
その後、社団法人埼玉公共嘱託登記土地家屋調査士協会の第24回通常総会にご招待をいただき、ご挨拶をしました。
9月3日
日本人間ドック学会の創立50周年記念祝賀会に出席し、挨拶しました。
9月1日
慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)で医療政策に関する講義を行いました。
7月22日~8月30日
7月21日の衆議院の解散によって、国会は閉会となり、事実上の選挙戦に入りました。埼玉県内16人の自由民主党の立候補者を応援するため、連日奔走を続けました。
また、医療・介護・年金などの社会保障政策が、国民の皆様の一番の関心事であるため、全国の自由民主党の同志からも応援演説の依頼を受け、飛び回りました。
今回の総選挙では、民主党が480議席のうち308議席を獲得する圧倒的な勝利をおさめ、自民党は、119議席にとどまる歴史的な大敗を喫しました。
自民党としては、この国民の審判を真摯にうけとめて、なぜ国民の信頼を得られなかったのか敗因を分析し、深く反省しなければなりません。
多くのメディアは、いわゆる小泉構造改革の結果、格差が広がり、「ワーキングプア」や「派遣切り」、「医療崩壊」という言葉に代表されるように、雇用や社会保障に対する国民の不満が蓄積していたことを主な要因にあげています。これに加えて、官僚主導の政治、つまり、政権与党である自民党が官僚機構を適切にコントロールしてこなかったことに、多くの国民が不満を感じていたことも大きな要因であると思います。
これらの点を深く反省し、国民の信頼を回復できるよう一層の努力をしてまいります。
7月21日
党の両議院議員総会に準じた両議院議員の懇談会が開催され、細田幹事長、次いで麻生総裁から、都議会議員選挙をはじめとする最近の地方選挙における自民党の敗退を総括し、来るべき衆議院議員選挙を戦い抜くための決意表明が行われました。まず、予算の無駄を徹底的に排除し天下り・渡りを断つ行政改革や、国会議員数削減や世襲制限などの国会改革と党改革を進めていく決意を示し、そして、経済対策・景気対策と、安心社会の実現を二大テーマとしてきた現執行部の方針を重ねて強調しました。その上で、財源の裏付けのない空論を展開し、また、北朝鮮情勢が急迫する中にもかかわらず具体的な防衛政策が打ち出せない他党に、国政を委ねることは出来ないとしました。その後、多くの議員から、一致団結した結束への願いや誓いが語られました。
午後の衆議院本会議にて解散が宣言され、8月18日の告示、30日の投票日となる総選挙へ向けての戦いがスタートしました。
その後、所属する清和政策研究会の出陣式が開催され、同志の衆議院議員と必勝を誓い握手を交わしました。